胎内音と胎内川
 日本は細く縦長の列島で構成されているため、亜熱帯から亜寒帯までの地域があり、そこで生活する人々の風習もその地域の環境で大きく異なる。
地名についても、そのいわれが環境、歴史などと関係し、興味を引く名称も少なくない。音に関する地名のみでも数多くある。例えば、最近環境汚染の度合いから見直されている鳴き砂のある場所でも琴ケ浜、琴引き浜などなど…。

 私は新潟県の下越黒川村の地名に大きな興味を持った。それは奥胎内、胎内川などという名称である。今から20年位前の春、その名称を知ったとたんすぐに出かけた。この近くでは、天智天皇の御代に自然にしみ出ている石油が見つかり、日本で始めて採掘され、その場所は「くそうずつぼ(臭水坪)」として現在でも大切に保存されている。この辺りは、湿地で、樹々を渡る風の音、時々聞こえる小鳥のさえずりに小さなせせらぎ以外には全く人工的な音がない(L
Aeq:33〜40dB、5〜10分)。

 石油という近代化には不可欠の材料と自然との交り合いが何かしら神秘的な不思議さを感じる空間である。

石油の自然に出る場所 奥胎内と興味ある地名

 さて話を「胎内」に戻そう。
 胎内というとまさに母親の胎内、人が生を受け人間として出発する場所である。人の性格は、その母胎内の環境も影響されるのではないかと言われているが胎内の音環境についても、その事がうかがえる場所であろうと思われる。

 下越地方黒川村の胎内地域の名前の由来は知らない。しかしながら奥胎内という周囲をなだらかな山に囲まれた場所、そこから日本海へ向かって流れ出ている胎内川、その地形が何か人が生を受けて出発する場所と合い通じるものを感じるとともに、人生の終着駅である墓の一つで、沖縄や台湾の胎内(子宮)を模している亀甲墓も重なってしまう。

 またそれより数年前、私は母体内の音環境の研究を行っていた。胎児には母親及び周囲の音がどの程度届き、それに対して胎児がどのような反応を示すかを確認することにより、母体周辺環境とそのあり方を検討することが目的であった。

 実験は、今は亡きソニーの井深先生が、おしみない援助の手をさしのべ作っていただいた超小型マイクロホンを用いた。母体内に設置した超小型の防水マイクロホンに母体の動き、ことばがどの程度の音圧レベルと周波数特性で測定されるか、また外部音としてスピーカを通した母親の声、環境音等はどの程度となるか、さらには腹壁近くで発した音の種類、強弱に対する胎児の反応を調査した。






 その結果、従来から言われている胎内音(専門的には血流波音)のみが聞こえるのではなく、母親のしゃべることばや動きが固体伝搬音としてより大きく伝わり、周辺がよほど静かで(35dB以下)母親も静かにしていなければ、血流波音は認識されにくいことが判った。

 また環境音や他の人のことばなど、我々日本人が最も認知しやすい周波数帯域では、ほとんどそのままの大きさで胎内に伝わっており、腹壁の平均的な減音量は15dB程度であることが明らかになった。また突発的な騒音や衝撃音、大きな音圧レベルの音に対しては、胎児が驚き目をつぶったり、動きを一瞬止めて筋肉が硬直したような状態になることが、超音波検査装置により明らかとなった。

 最も自然な状態で胎内生活を行うのは、母親がリラックスし、ごく普通にしゃべったり、 周囲の音が少なくとも40〜45dB以下程度であるような結論を得たのである。

 黒川村の奥胎内は、自然に恵まれ、まさに母親 の胎内と思えるようにゆったりとしたその地方のテンポ、リズムで日々の生活が送られているような環境であり、胎児がこの世に出てくる産道としての胎内川が清流を保つように、周囲の野山から湧き出た水が集まっている。このような清流は、下流になれば水量が多くなり、民家のある付近では、川の音も上流に比べ割合に大きな音である (L
Aeq:60〜65dB)。
しかしながらその流れが自然であるため、そこから発せられる音は、「ゴウゴウ」、「ドウドウ」というような恐怖を抱くようなものではなく、「ザァ〜」という中に「サラサラ」や
「トロトロ」のような楽器的な音色が含まれ、親しみを感じる音になっている。

 今、地方の時代、町おこし、村おこしと言われ地域の活性化が叫ばれている。過疎化を防ぎ、その地域のアイデンティティを高めるには、何らかの策を講じなければならないことは間違いない事実である。しかしながら、全国一律に村おこし、地域おこしのため、どこかに同じようなものがあるような、金太郎飴的な企画箱物が進行しているような気がしてならない。

「胎内」が母の懐的な環境整備を目指し、地名や自然の恵みを充分に生かし、誇りあるふるさとを創造することを期待したい。


自然に恵まれた奥胎内新緑



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